軍事偵察衛星の発射が成功したとして開かれた宴会で金正恩氏の隣に座った娘「キム・ジュエ」。2023年11月22日の労働新聞より引用。

◆「天才、万才だ」と当局が情報流布か

北朝鮮で金正恩氏の娘「キム・ジュエ」(韓国当局推定、2013年生説)が登場して1年が過ぎた。当初娘の名前や年齢などの人的事項に強い関心を示していた住民たちは、次第に金政権が娘を頻繁に露出させる意図についても考えるようになった。(カン·ジウォン/石丸次郎)

2022年11月、父正恩氏に手を引かれて弾道ミサイル発射実験現場に来た赤い靴の少女。国営メディアが「尊貴であられるお子様」と伝えたことで、北朝鮮の人々は正恩氏の娘であることを知った。

名前は? 年齢は? 何番目の子なのか? どこの学校に行っているのか? 父親と母親(リ・ソルジュ氏)の両方に顔が似ているな…など、住民は娘の出自や容姿に強い関心を示していると、北朝鮮各地に住む取材協力者たちは一様に伝えてきた。

さらに共通していたのは、
「娘はとにかく頭の良い秀才で、一度見たことは忘れない抜群の記憶力らしい」
「天才、万才で、幼いのに金正恩を補佐しているそうだ」
という同じ噂が各地で流れていたことだ。協力者たちは、「当局が意図的に流布させていると思う」と評価していた。

◆住民に対し娘の説明は皆無

北朝鮮では、政権の政策や方針を住民に伝達、説明する際、人民班や職場、女性同盟など社会団体の会議の場で行うのが通常だ。国営メディアは写真や動画で大々的に「キム・ジュエ」の姿を公開するものの、金正恩氏と同行したと伝えるだけで、それ以上の説明は一切ない。 ※人民班は最末端の行政組織。20~40世帯を管理する。女性同盟は就業してない成人女性の団体。ほぼ家庭の主婦で構成。

それでは実際に、住民に対し各種会議の場で娘の登場についてどのような説明、伝達があったのだろうか? 政権の意図を知る上で非常に重要である。

アジアプレスでは、昨年11月に「キム・ジュエ」が初登場してから、咸鏡北道(ハムギョンプクド)、両江道(リャンガンド)、平安北道(ピョンアンプクド)に居住する協力者6人に、自分が所属する各種会議でどのように言及、説明しているか、継続して注視・報告するよう依頼した。

結論から言うと、協力者たち6人がこの1年間に参加した会議では、娘の名前や年齢、父に同行する理由など、関連する一切の説明、言及はなかったとのことであった(ただし幹部に対しては別途に説明があったかもしれない)。

ただ、両江道の恵山(ヘサン)市に住む協力者は、関連して次のように伝えてきた。 「8月31日にあった女性同盟で、『金正恩元帥は人民愛の模範であられ、住民生活向上にいつも献身している』という講演会があった。そこで恵山市の労働党幹部が来て『金正恩元帥様はお子様と過ごす時間すらも人民の幸せのために捧げるため、現地指導に連れて行っている』と演説した。その頃から、同じような宣伝を繰り返しているが、ばかばかしくて聞く気にもならない」

2022年11月に初登場した時の娘「キム・ジュエ」。韓国当局は満9歳と見ている。労働新聞より引用。

◆「ジュエ」という名前の「改名強要はない」

今年2月10日、RFA(自由アジア放送)はジュエという名前の女性が警察に呼ばれて改名を迫られているという記事を掲載した。事実なら、金正恩氏が後継者として公式登場した後の2011年2月頃から、「ジョンウン」というの名の男性に改名が強要されたケースの再現であり、「後継作業」の可能性すらある。

だが、ジュエという名前を改名せよという動きについては、アジアプレス取材協力者6人全員が否定した。11月中旬にあらためて複数の協力者に問い合わせたが、「改名せよとの動きはまったく聞いたことがない」と答えた。それどころか、「今もって、あの娘の名前が『ジュエ』なのか何なのか誰も知らないし、当局も知らせていない。噂にも聞かない」ということであった。

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