◆ これがどうやって可能になったのか?

取材協力者は、この不法に印刷された「危ない」学習教材を手に入れようとする生徒と保護者が順番待ちするほどだと、ビジネスの盛行を伝えてて いる。学習教材に対する需要は多く、金儲けという供給の動機もあるので、市場が形成されたわけだ。また、学習教材は反国家的内容を含んでいるわけではないため、リスクも相対的に低い。

さらに、この不法行為を取り締まるべき立場に近い人たちこそが需要の中心である。このような矛盾は、取り締まりが実質的効果を発揮できないようにするメカニズムとして作用するだろう。協力者は次のように説明する。

「〇〇洞には金持ちが多いのですが、金日成総合大学のある卒業生が、そこに住んでいる16人を販売対象として管理しているそうです。購入するのはほとんどが幹部の子供や『トンチュ』(新興富裕層)なので秘密が流出せず、問題は起こっていないそうです」

仮に不法印刷物の取り締まりを強化せよという指示が出ても、子供の教育のために、労働党、行政、公安機関の幹部らが、先を争って有名な学習教材を購入しようとしているので、取り締まりは役に立たないだろうというわけだ。

◆ 不法印刷物取引の意味は?

では、このような現象は、今後の北朝鮮社会にとってどのような意味を持つだろうか。さらに詳しい情報が必要だが、不法な「私的印刷物の市場化」という視点から見ると、北朝鮮住民の間に、知的財産、すなわち活字が金になるという認識が広がる可能性がある。

そうなれば、当局が再び活字を独占することは容易ではないだろう。不法な麻薬や外貨交換が強力な取り締まりにもかかわらず根絶できていないのと共通する構造だ。

またより重要なのは、「私的印刷物の市場化」という現象が、北朝鮮の中上流層の間で、当局が関与しない情報が共有される、一種の知識流通網を形成する可能性があるという点だ。 現時点では、単純にお金を稼ごうとする教材提供者と、良い大学に入って出世を夢見る野心に満ちた受験生たちの欲望が合致したに過ぎないように見える。しかし、市場取引を通じて知識と情報が流通するシステムが生まれていることは注目される。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

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