戦闘が激しかったり、侵攻に果敢に抵抗した町は「英雄都市」と呼ばれる。ヴォルノヴァハもそのひとつで、オデーサ市内にある看板でも、その町の名が称えられている。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆併合地域で進む「ロシア化」

ロシアは、東部と南部で掌握した地域の一方的な併合を進めている。昨年9月の新年度では、これらの地域でも学校が再開されたが、カリキュラムはロシアの教育内容に沿ったものに改編されつつある。教員不足を補うため、特別報酬を出してロシア国内で教師を募り、すでに3万6千人の教師が派遣された、とロシアメディアは伝えている。ラジオフリーヨーロッパによると、就学児のいる家庭には、1万ルーブル(約2万4000円)の奨励金を給付して通学を促すという。

 

昨夏、各地からの避難民が押し寄せていたオデーサ。夏季休暇中の学校に、避難住民の登録受付の仮窓口が開設されていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

昨年9月末、プーチン大統領が支配地域4州の「ロシアへの併合」を宣言。今後、教育の「ロシア化」が加速すれば、ウクライナの歴史や文化が否定され、侵攻が「正当なもの」として子どもたちに教え込まれる懸念も出ている。軍事力で地域を併合したロシアは、地図だけでなく、子どもたちの心まで塗り替えようとしているかのようだ。

ラリーサさんは、教室で小学1年の男児に補習授業をしていた。母親とポーランドに一時避難し、その後、帰還してきた男児の学習に遅れがあったためだ。戦争と避難生活で心に落ち着きがなくなり、学習や日常生活に影響が出ている児童が少なくないという。

「愛情をもって接してあげることが、心に傷を負った子たちにとって大切なのです」 ラリーサさんは、そう話す。算数の引き算で、リンゴと梨の絵を見せながら、ゆっくりと教えていた。

 

ヴォルノヴァハからオデーサに避難したラリーサ・ネステレンコさん。ポーランドに一時避難して帰還した児童に補習授業をしていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

「10から3を引いたら7…先生あってる?」 ラリーサさんは「すごい、よくできたね」と優しく言葉をかけ、小さな手をぎゅっと握りしめた。男児は、かわいらしい笑顔を見せた。   

ヴィェダ学校は戦闘地域から逃れてきた教師たちを受け入れている。ボロドデミール・ネメツァロウ校長は、「子どもだけでなく教師も心に深い傷を負っている」と話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆子どもの心理ストレスが増加

困難に直面しながらも、教育現場では授業を維持するための取り組みが進められてきた。防空警報が発令されても、授業が続けられるよう退避シェルターが拡充されたほか、侵攻前のコロナ禍のなかで構築したリモート学習システムによるオンラインでの授業も取り入れている。国外の避難先でも、ウクライナの学習プログラムに沿った授業を履修すれば、オデーサの学校で修了の認定を受けることができる。

オデーサ市プリモルスキー区のオレーナ・ブイネヴィチ教育長。子どもの心理的ストレスが深刻と話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
各学年向けのリモート学習のアプリ。コロナ禍の中で構築したオンライン学習システムだったが、ロシア軍の侵攻後、避難先でも子どもが学習に参加できるアプリとして機能。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

オデーサ市プリモルスキー区のオレーナ・ブイネヴィチ教育長(47)は言う。 「戦争下でもなんとか授業を継続しようと、教師たちは必死に向き合っています」 教育長が最も苦慮するのは、心理的に大きなストレスを抱える子どもたちが増え、心のケアをする心理カウンセラーのサポートが不可欠になったことだという。

教育現場にのしかかる戦争。教師も子どももその犠牲となっている。

 

戦闘の長期化にともない、学校地下の退避シェルターの改修も進む。防空警報下でも授業が継続できるよう机が並び、半地下の窓には土のうが積まれていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
学校の低学年児童の教室にあった絵には、輝く太陽と大地に咲いた花とともに、「ウクライナに栄光あれ」「私の平和なウクライナ」と書き添えてあった。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

(※本稿はふぇみん2022年11月5日付記事に加筆したものです)

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