「この侵攻がウクライナ人の心に何を残すことになるのか、深刻な問題」と話すオレーナ・ジュク・ザポリージャ州議会議長。(2023年5月・ザポリージャ・撮影:玉本英子)

◆過酷な状況に直面する住民

ザポリージャ州議会のオレーナ・ジュク議長(38歳)は、同州が置かれた状況を説明する。「州全体では、8割におよぶ地域がいまもロシア軍の占領下にあります。そこからザポリージャ市内に逃れてきても、生活の基盤もなく苦しい状況です。そして市内のどこにいても、ミサイル攻撃にさらされる。一方、高齢の年金生活者や家畜や畑を抱える農家のなかには、占領地に留まる人もいます。そこではロシアの『住民登録』が強要される」

写真はザポリージャ市役所。市内はロシア軍が展開する前線から30~40キロ。ミサイル攻撃にさらされる日々が続く。(2023年5月・ザポリージャ・撮影:玉本英子)
ロシア軍の占領地域や戦闘地帯から逃れてきた住民の一部が、安全を求めてザポリージャに避難してきた。(2023年5月・ザポリージャ・撮影:玉本英子)

現在、ロシア軍が管理するザポリージャ原発が、双方の戦闘によって損傷したり、意図的に破壊されることへの不安はないのか。ジュク議長は、こう話した。

「これは、隣国を侵略して力づくで屈服させようとするロシアによって引き起こされている事態です。攻撃や挑発で住民を危険にさらし、どんな影響がおよぶのか、まともに判断できない相手ですから、最悪の事態も起こりえます。原発損傷による放射能事故は想定し、準備は進めています」

2022年9月、プーチン大統領はウクライナ南東4州の「併合」を承認。プーチンと4州の「代表」。左から2人めの満面の笑顔なのが、エフゲニー・バリツキー「ザポリージャ州行政代表」。(ロシア大統領府写真)
バリツキー氏は昨年5月時点でもウクライナ・ザポリ-ジャ州議員のままで、制度上は除名できず。議会ページには「反逆者」の烙印つきで掲載が続き、のちにページから削除。(ザポリージャ州議会HP画像)

◆ロシアに寝返った議員を批判

2022年9月、ロシアは、ウクライナ南部・東部4州を一方的に「併合」した。ロシアが占領する地域で「ザポリージャ州行政代表(知事)」を名乗るのは、侵攻前からウクライナで親ロシア派の州議員だったエフゲニー・バリツキー代表だ。彼は「ウクライナ側が砲撃を強めているため、原発がある地域を含む住民を避難させている」と発言。これについてどう思うか、ジュク議長に聞くと、彼女は厳しい表情に変わった。そして、こう言った。

「彼は、ウクライナの市民殺戮をいとわないロシアに寝返った人間です。国と国民を裏切った反逆者です。そんな人物の発言に、真実も価値もありません」

ザポリージャは原発が近く、破壊による放射能流出の事態も懸念される。昨年6月のカホウカ・ダム破壊では、下流域の住民と家屋に甚大な被害が出た。(地図作成:アジアプレス)

◆侵攻が社会と心にもたらす深い傷

ジュク議長は、この侵攻が国と社会を引き裂き、人びとが悲しみで疲弊し、深い傷をもたらしていることを懸念する。

「私の娘はいま9歳ですが、砲撃やミサイルの違いを爆発音でわかるようになってしまいました。9歳の子なら、学校の友達との遊び、新しい服、かわいいペットのことに思いを巡らせるのが普通でしょう。侵攻は多くの人から家族や家を奪い、国外避難や離散を強いました。私は勝利を信じていますが、たとえ占領が終わったとしても、このロシア軍の侵攻が人びとの心に何を残すことになるのか、深刻な問題です」

「ウクライナが勝利すると信じています。いつかベルジャンシクからアゾフ海を望む美しい景色をあなたにお見せしたい」とジュク議長。(2023年5月・ザポリージャ・撮影:坂本卓)

ミサイル攻撃や砲撃で破壊された住宅の前で、いくつも並べられた、ぬいぐるみを見かけることがある。その現場で、子どもが犠牲になったとわかる。ぬいぐるみは、近所の住人や同級生の子どもたちが手向けたものだ。ロシア軍の侵攻から、まもなく2年。毎日のように、ウクライナ各地で、たくさんの涙が流れている。

攻撃から半年以上が経った現場。ミサイルの炸裂で崩れ落ちた建物が残ったままだった。ぬいぐるみや花を手向けたり、パンを供えに来る近隣住民がいまも絶えない。(2023年5月・ザポリージャ・撮影:玉本英子)

 

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