ウクライナの民主的左派グループ「社会運動」(ソツィアルニィ・ルフ」。加藤直樹氏ら有志たちは、ウクライナ民衆連帯募金を立ち上げ、「社会運動」にカンパを送った。(「社会運動」サイトより)

◆ともに共有できる地平とは

日本のリベラル系言論人、平和運動による、占領肯定が前提の「即時停戦論」を超えて、どうウクライナ問題に向き合うべきか。そして、侵略にさらされているウクライナ市民とどうつながっていくのか。『ウクライナ侵略を考える 「大国」の視線を超えて』を執筆した加藤直樹氏が語る。インタビュー全4回 4/4 (聞き手:玉本英子

<写真7点>「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(1)「反侵略」の立場から

●著書では、日本のリベラル系言論人や左翼系潮流のウクライナ問題の認識について、「歪み」という言葉がたびたび出てきます。問題の認識への相違はあるにしても、批判だけではその先の展望へとつながりにくい部分もあると思います。ウクライナ問題に関し、様々な潮流の人たちと共通点を見出して、ともにこの問題に向き合うことはどうすれば可能でしょうか?

加藤直樹氏:
私は昨年、友人たちとともに、ウクライナの民主的左翼グループ「社会運動」への寄付を呼びかけました。彼らは領土防衛隊への参加や住民への人道支援を通じて侵略への抵抗に参加するとともに、戦時下でもゼレンスキー政権が進める新自由主義に反対して、労働者の運動を支援しています。彼らは、これからのウクライナをつくる市民社会の一部です。

ウクライナ支援は、様々な立場の人がやっています。医療関係者が救急車を送ったりしていますよね。私たちは、それと同じように、ウクライナの民主的左翼の人びとに寄付を行いました。彼らは私たちのカウンターパートだと思ったからです。日本の運動は、こうした人びととつながり、連帯することだってできると思っています。それよりもっと大事なことは、「被害者」としてのウクライナ民衆だけではなく、「主体」としてのウクライナ民衆を知ろうとすること、想像することだと思います。実際には、大国政治の話ばかりしている。

加藤直樹氏はアジアの近現代史の人物論を中心に執筆活動を続ける。歴史修正主義への批判にも取り組んできた。主著に『九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(2014年・ころから)など。

もう一つ、欧米主要国がウクライナの問題では侵略に反対しながら、パレスチナではイスラエルのジェノサイドを容認するといった露骨な二重基準を見せています。それだけでなく、各国の社会における政治的価値観も、たとえばヨーロッパの極右と極左がウクライナ支援反対で融合したりと、大混乱をきたしているように感じます。

こうしたなかで、単に何かに反発するだけでなく、何が本当に人間性の実現という意味での「進歩」の方向なのかを、よく見定める必要があります。各国、各地域の複雑な現実を受け止め、それぞれの歴史的現実の差異を認め合いながら、それでも普遍的な理念で結ばれた国際連帯をつくれるか否か。そういうテーマが問われていると思っています。ロシアともアメリカとも異なる、私たち自身の理念をつくることです。

南東部オリヒウは、ロシア軍がすぐ先に迫る。激しい砲撃下にあり、住民のほとんどは脱出して避難。町は廃墟と化していた。写真は破壊された学校で、崩れた壁から教室がむき出しになっている。(2023年5月・オリヒウ:撮影・玉本英子)

ちょうど昨日、ウクライナ「社会運動」の若い活動家でドネツク出身のハンナ・ペレコーダさんがこうツイートしていました。 「説得力のあるオルタナティブを提案することなく、現在の構造を崩壊させることだけを目指すのであれば、それは結局のところ無責任としか言いようがない。大国のためではなく民衆のための未来、私たちの共通の未来についてのオルタナティブを見つけ、提示することが必要だ」 私は、この言葉に共感します。厳しい現実の中で模索する彼らと、こうした方向性を共有しながらつながっていきたいと思います。

キーウの聖ミハイ修道院前の壁には、2014年から現在までの戦没兵士の写真が並ぶ。 戦死者はいまも増え続けている。同時にまた、ロシア軍の側にも、多数の犠牲が出ている。(2024年3月・キーウ・撮影:玉本英子)

日本のリベラル系知識人や平和運動は、当事者のウクライナ人でもなければ、力づくで「解決」を迫れる大国の権力者でもありません。だとすれば、普遍的な理念に由来する原則を掲げ続けるしかないと思います。原則とは「ロシアは撤退すべきである」ということです。

「即時停戦して、中立国で構成された国連平和維持軍を派遣し、公正な住民投票を行って国境線を新たに確定する」といった提案をしている人たちもいます。だから「撤退」という言葉は使わないのだそうです。この議論は、一見精緻なようで、よく考えれば極度に非現実的な話です。ロシアは侵略を継続する能力を持つ世界第二の軍事大国で、しかも国連常任理事国なのです。そもそも、ウクライナの領土について、ウクライナ人抜きで勝手にどうこう言うのは、当事者性を侵犯しています。

学校の低学年児童の教室の壁にあった絵。緑の大地に咲く花とともに、「ウクライナに栄光あれ」「私の平和なウクライナ」と書いてあった。(2022年8月・オデーサ:撮影・玉本英子)

「平和的解決」を求めるのは当然だと思いますが、それでも、ウクライナから見て遠い外国の市民である私たちは、「ロシアは撤退すべきである」という原則を降ろすべきではありません。(了)

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■6月29日に東京で『ウクライナ侵略を考える「大国」の視線を超えて』(あけび書房)の著者、加藤直樹氏の出版記念講演会が開催される
「ウクライナ侵略を考える 「大国」の視線を超えて」
日 時 6月29日(土)14:00~16:00(開場13:30)
会 場 専修大学神田キャンパス10号館5階10051教室
地下鉄神保町駅A2出口3分/地下鉄九段下駅5出口1分/JR水道橋駅西口7分
オンライン(ZOOM)は事前申し込み(Peatix)
   https://ukrainewar.peatix.com
講 師 加藤直樹さん 資料代 1000円
共 催 あけび書房
お問い合わせ先 civilesocietyforum@gmail.com
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【加藤直樹(かとう なおき)】
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経てフリーランスに。著書に『TRICK「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから)、 『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)など。

「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(1)「反侵略」の立場から(全4回シリーズ)
「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(2) 日本の平和運動の無自覚な「大国主義」
「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(3)ウクライナ市民への想像力を
「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(4)共有できる地平とは

 

 

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