<内部調査>北朝鮮住民の暮らしはどうなっているのか(1) 劣悪なインフラ…水道、電気、暖房、トイレの実態とは
「無償治療制」は無料義務教育とともに、北朝鮮が社会主義の優越性を主張する代表的な政策として宣伝してきた。しかし現在、それは失敗した制度の事例として見なければならないだろう。今年3~5月、アジアプレスは北朝鮮住民の実生活に関して、取材協力者への聞き取り調査を実施した。連載最終回の3回目では、医療現場の実際について報告する。(チョン·ソンジュン/カン·ジウォン)
◆医療崩壊。薬は自費購入、処方箋のために賄賂
今回は、両江道(リャンガンド)に住むA氏と咸鏡北道(ハムギョンプクド)に住むC氏に聞き取りした内容を報告する。
C氏は、「かつては無償治療が原則だったのに、今は医薬品を購入しなければならなくなった」と話す。
「かつては病院で薬を処方してくれたり、注射を打ってくれたりしました。薬をもらうためには賄賂も必要でしたが、今は病院では処方を出すだけで、薬は自費で購入しなければなりません。病院で無料なのは、食塩水や簡単な処置くらいです」
C氏によると、人々が病院に行くのは治療よりも診断書をもらうのが理由だという。
「職場へ出勤しないと無職者、無断欠勤者として処罰されるので、(正当な欠勤理由になる)診断書をもらうために賄賂を使う人が増えました」
アジアプレスの最近の調査によると、2021年頃から大部分の企業所では1カ月に1週間分程度の食糧配給を、労働者本人分に限って支給するようになった。だがこれだけでは、家族全員の生計を維持するには全く十分ではない。そのため、職場の外での経済活動に活路を見出そうとする。
しかし、職場へ正当な理由なく出勤しないのは処罰の対象であるため、取締りを免れようと診断書を書いてもらうために病院を訪れる人が多いというわけだ。
◆個人の医薬品流通へ強力な制裁
続いてA氏は、「医薬品の流通と供給が昔とは大きく変わった」と強調する。
「医薬品は病院外の製薬工場の販売店でのみ購入が可能です。救急事故や意識不明のような危険な状況の時にだけ、病院で薬が提供されます」
以前は病院で治療を受ければ、処方とともに病院内の薬局でほぼ無償で医薬品をもらうことができた。しかし現在は、病院では処方箋しか出さず、医薬品は外部の販売店で、自費で購入する制度になったというのがA氏の説明だ。
さらにA氏は、「個人の医薬品販売と流通は処罰対象になっている」と言及した。
「個人が国家の医薬品を販売すれば、販売者、購買者、販売所、流通過程で横領した者まで全て厳重処罰の対象です。医薬品不法販売に対する申告には5万ウォンの褒賞金まで出すようになりました。もう個人の薬の販売はほぼなくなったと見ていいでしょう」
◆医薬品不足の代わりに乱用される麻薬
医薬品が絶対的に不足している上、住民が販売所で現金で購入しなければならなくなったわけだが、困るのはお金に余裕がない一般庶民だ。
C氏は、「医療目的でアヘンのような麻薬が再び乱用されている」と述べる。北朝鮮では、古くからアヘンが鎮痛の効果などが認められ、自宅で栽培する人も多く、医療目的で広く使われてきた。最近では、コロナが流行した時に多くの住民が、鎮痛と解熱のためにアヘンを服用するようになり、中毒症状が問題になっている。
医療と直接的な関連はないが、「ビンドゥ」呼とばれる覚醒剤が流通している。
「『ビンドゥ』はコロナ禍の時は、(中国から輸入できずに)原料不足でほとんど流通していなかったけれど、最近は1グラム中国400~500元で取り引きされていると聞きました。主に幹部やお金のある人たちが使用しているそうです」
※ 中国1元は約22日本円。
さらにC氏は、「最近、麻薬に対する国家の統制が強化されました。使用した人より流通させた人を厳しく取り締まっています。2年の教化刑(懲役刑)になるほどです。ただ、多くの人が生活が苦しくお金がないため、以前のように覚醒剤が蔓延しているわけではありません」と付け加えた。
聞き取り調査の結果、北朝鮮での無償治療制は、もはや過去のものであることが分かった。しかし、これは必ずしも悪いこととは言えないだろう。政府は、見せかけに過ぎなかった無償治療制に長く執着してきたが、有償であっても人々の健康に有意義な医療制度が確立さればいいのである。そのためには、やはり医療・保険分野への政府の投資が必要だ。
※アジアプレスは中国の携帯電話を北朝鮮国内に搬入し連絡を取り合っている。