昨年12月、北朝鮮当局は、労賃(月給)を突然10倍以上引き上げた。それに加えて最近では、「カード」による労賃支給が広まり、食糧専売店の糧穀販売所や国営商店でのカード決済も奨励しているという。北朝鮮でも、銀行が発行する送金や決済が可能な電子カードが存在すると伝えられていたが、当局がこうしたカード普及を強力に推進していることが分かった。当局の意図は何か? 住民たちはどのような反応を見せているのか? 電力事情が劣悪な北朝鮮で、カードはどの程度使えるのか? 北部地域に住む協力者3人の報告を基に、最近の北朝鮮のカード事情について2回に分けて報告する。 (チョン·ソンジュン/カン·ジウォン)
◆デビットカード? 一家で1~2枚は保有
「国家を信じられないのでカードを使いたがらない人もいる。それでも、皆1、2枚は持っている」
両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)市に居住する協力者A氏は6月末、自身の周辺でカード使用者が増えていると話した。
ここでいう「カード」とは、デビットカードのようなものだ。北朝鮮では、銀行で氏名、年齢、居住地、職場などを登録すると、個人情報と紐づいたカードを作ることができる。
両江道のもう一人の協力者B氏も同様の内容を伝えてきた。
「それなりに多くの人が使っている。北朝鮮の紙幣はすぐにボロボロになるので、銀行に持って行って入金して、カードで使うことが多い。(大都市の)咸興(ハムフン)や清津(チョンジン)、平壌(ピョンヤン)ではもっと使われているらしい」
※北朝鮮では紙幣の質が悪いため、持ち歩いているだけでも汗や水ですぐにボロボロになる。
咸鏡北道(ハムギョンプクド)の協力者C氏も、「労賃もカードで支給するようになったので、誰もが銀行で通帳とカードを作るようになった。それなりに便利なのでどの世帯も1枚は持っている」と話す。
◆普及に注力する当局、課題は決済インフラや電力安定
北朝鮮に初めてカードが登場したのは1990年代だ。しかしこれは外貨専用で、使えるのは外国人を対象にした平壌と地方の数ヵ所に過ぎなかった。2010年、朝鮮貿易銀行が内貨でも使用可能な「ナレ」カードを発行。以降、「高麗」(2011年、高麗銀行)、「全盛」(2015年、朝鮮中央銀行)など、様々なカードが発行され、2018年時点で20種類以上のカードが使われていたという。
しかし、住民たちのカード使用は限定的だった。決済インフラが未整備であったり、電力が不安定だったりしたからだ。当局は2021年10月、「電子決済法」を制定。住民のカード使用を奨励してきた。
◆ボロボロの紙幣も入金可能、カード対応店も増加
当局の奨励策は、ある程度効果を生んでいるようだ。
「国営商店やジャンマダン(市場)でもカードをよく使っている。30%以上棄損されたボロボロの紙幣は(商店や市場では受け取ってもらえないが)、銀行に持っていけば5%を差し引いて入金してくれる」(協力者C氏)
B氏もカード決済が可能な場所が増えているとし、長所として送金が便利な点を挙げた。
「国営商店、情報通信奉仕所(携帯電話やアプリなどの通信関連商品を扱う専門店)、買取商店などでは、ほとんどカード決済が可能だ。停電で使えない時もあるが、現金を持ち歩かなくてもいいし、特に送金が便利だ。手数料は1.5%で、200万ウォン(約348円)くらいまでは問題ないが、それ以上送金するためには理由を明らかにしなければならないと聞いた」
※北朝鮮1,000ウォン=日本約17円
A氏は、「恵山の鋼鉄工場では、6月の労賃もカード支給だった」と述べた。
◆相変わらずの停電、決済エラーも発生
それにも関わらず、まだ実際の使用には限界があるようだ。
C氏は、「決済をする時に停電になると、後でまた決済しに行かなければならないので、カードと現金を一緒に持っていかなければならない。そのため、糧穀販売所では停電にならない時間を決めて、販売する場合もある」と述べた。
A氏は、「最初は決済エラーで計算できないことがよくあったが、今は少しずつ良くなっている。これからも改善されていくのではないか」と楽観的に語った。
一方で、カードの使用をできる限り避けようとする人たちがいるという。次回は、カードがどのように使われているのか、より具体的に事例を挙げながら、一部の「反カード」派の理由や今後の見通しについて分析する。(続く 2へ >>)
※アジアプレスは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取っている。