7月末に北朝鮮北部一帯を襲った集中豪雨。金正恩政権は、被災者支援と復旧作業を急がせると官営メディアでアピールしているが実態はどうなのか。8月8日に両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市に住む取材協力者に聞いたところ、鴨緑江沿いを走る北部鉄道の不通が続いており、生死や行方が分からない人が大勢いるという。(石丸次郎/カン・ジウォン)
◆知人の安否問い合わせたら秘密警察が呼び出し
――洪水の復旧作業は進んでいますか?
慈江道(チャガンド)の満浦(マンポ)の方の鉄道線路が土砂で埋まってしまい、いつ復旧するかわからないそうだ。
慈江道の方では大勢亡くなったようだが、いったい何人死んだのか、誰が死んだのか、安全局(警察)でも確認できない有様だという。あちらに知り合いがいる知人が、心配で八方に電話してみたけれどまったくわからないと言っていた。
というのも、(洪水の前から)生活が苦しくて職場を離脱して山に入ったり、農村に出稼ぎに行ったりした人が多くて空き家もあり、人がどこにいるのか、生きているのか死んだのか、わからない場合が多いからだ。
その知人が、逓信所(電話局)に行って問い合わせていたら、保衛局(秘密警察)に呼び出された。今ここでは、何かを調べようとしただけで、(被害の実態を拡散させるのではないかと)疑いをかけられる。
※恵山と満浦間には幹線鉄道の「北部線」が走っているが、7月末の豪雨以来運行が止まっているとのことだ。
◆復旧作業への志願の実態は動員
――労働新聞で、労働党党員や青年組織が復旧作業に志願したと伝えていました(6、7日付)。
恵山でも、職場で党員による復旧作業の「突撃隊」が組織された。120人くらいが慈江道の方に行ったと聞いた。行かせてくれと自発的に嘆願したことになっているが、皆、選抜して動員された人たちだ。
◆「要領主義、敗北主義による事故だ」と幹部らに自己批判命じる
――金正恩氏が洪水を未然に防げなかったと幹部を批判しました。
水害は中央党の責任ではなく、地方幹部の要領主義、敗北主義による事故だとして、すべての両江道の党幹部が自己批判書の提出を命じられたと聞いた。党の方針の何を貫徹できて、何が不足していたのかを書いて出せと。
――金正恩氏が水害現場を直接訪れたと報じられました。反応はどうですか?
直昇機(ヘリコプター)も動員し、金正恩がボートに乗って現場指導したことに、「人民のことをよく考えている」という人もいるけれど、そんなことを全く評価せず「死んだ人がかわいそうだ」と言うだけの人もいる。
◆強盗事件多発、治安の悪化が深刻
――復旧支援物資は行き渡っていますか?
支援を出した人、動員に行った人たちを表彰し、それを紹介する放送をしたり、講演をしたりしている。 困った時に助け合うのが共産主義の美風であり、愛国心の現れだと宣伝している。
でも、支援を出せるのはお金を稼いでいる人たちだけで、自分の名をアピールするためにやっている。暮らしが苦しい人が出せるものなんて知れているし、出したら出したで、なぜ(支援する)余裕があるのか疑われるので慎重になる。
――治安が悪化していると聞きました。
強盗事件が多発している。近隣の家に水を飲ませてほしいと入って来た男が、ひとりでいたお婆さんを殴る蹴るなどして、電話機とコメ1キロを盗っていった。お婆さんは意識不明だという。
恐ろしいので、いい暮らしをしている連中は、たとえ死にそうだと人が訪ねて来ても顔も見せない。怖いし、他人のことに関心がないのだろう。自分の暮らしがしんどいので、それが賢いやり方だと、人々は言っている。
※アジアブレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。