◆送検された側の見解は?

海慎産業に何度か電話したが、呼び出し音は鳴るものの誰も出ず、連絡がつかなかった。送検された男性は同じ住所で産業廃棄物の破砕処理施設も運営。その会社のウェブサイトでも「解体工事は海慎産業へ」と紹介している。海慎産業のサイトには「解体工事で排出された木くずや廃材は系列のリサイクルセンターにて廃棄物処理や再資源化を行っております」として、いわゆる“一気通貫”の処理で費用を抑えることができることを売りにしている。

同社に連絡したが、社長は不在。電話に応じた女性に趣旨を伝えると、「もう終わりました。不起訴になりましたので」という。

石綿調査の義務を知りつつおこたったと監督署から聞いているが事実確認したいと尋ねると、「お断りします。忙しくてそんなことできる状態じゃない」と拒否。念のため、同社ウェブサイトのメールフォームからも質問を送ったが、回答はなかった。

すでに述べたように調査者講習の修了者による石綿調査義務違反の送検事例はおそらく初めてだ。同監督署にも尋ねたが「わかりません」と素っ気ない。じつは国のデータベースではしばしば概要しか掲載されておらず、調査者の関与の有無について記載する仕組みにもなっていない。そのため全件調べても、たまたま入力されていない限り知りようがないとの事情がある。

2005年の石綿則施行から書類送検された事案について、数件を除いてすべて取材しているが、調査者による調査義務違反は筆者が知る限り初めてである。

労働安全衛生法(安衛法)第22条第1号で定めた事業者の講ずべき措置等として定められた石綿障害予防規則(石綿則)第3条第1項の事前調査および分析調査の義務違反は6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金である。廃棄物処理法(廃掃法)の不法投棄は法人に対して最大3億円、個人にも「5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はこの併科」。同法に比べると罰則が軽く、かねて罰則や執行の強化が必要と指摘されてきた。筆者も同感である。ただ少なくとも現状の規制で悪質性もふまえつつ徹底した対応をしていれば、多少なりとも現場に緊張感を持たせることにつながるはずだ。

まして海慎産業はウェブサイトで石綿調査の実施を売りの1つにしているのだ(この文言が書類送検後に追加された可能性もある)。

取材したかぎり、被疑事実は明確と思える。事前調査結果は書面に記録しなくてはならず、3年の保管義務もある。ところが監督署によれば、作成されていなかったというから、認否がどうあれ裏付けは十分だろう。まして調査者講習の修了者であれば、法的義務は間違いなく認識していたはずだ。

つまり現状では不起訴処分ではあるものの、石綿調査義務を認識している有資格者があえて調査をおこたった悪質事案と判断せざるを得ない。また解体も違法工事だった可能性がある。検察は不起訴の理由を明らかにおらず、詳細な送検内容が不明のためはっきりとはいえないが、石綿調査をめぐる悪質事案を見逃す先例をつくってしまった可能性が否めない。

まれにだが、送検した監督官から「事前調査義務違反は作業者だけでなく、子どもも含めた周辺住民などにも石綿を吸わせることにつながるわけですから、本当はすごく重大な違反です。間違いなく有罪にできるだけの捜査をして送検していますが、まず起訴されない。検察はなぜ起訴しないのか」と腹立たしげに口にするのを聞くことがある。

石綿則違反は多いものの、送検は年間数件ということもめずらしくない。起訴される事例はさらに少なく罰則も弱い。それでは抑止力として機能しない。法制度や執行の抜本的な見直しが必要だろう。

 

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