◆吹き付け石綿で100人超被害
それだけではない。吹き付け石綿のある部屋で働いていただけで、石綿を扱う作業とは無関係の業種の人たち100人超が中皮腫を発症し、それを理由に労災認定を受けていることが厚労省の発表資料から明らかになっている。この事実は、同省が公表する、建物調査を担う有資格者「建築物石綿含有建材調査者」講習の標準テキストにも記載されていた。つまり、国も吹き付け石綿による健康被害を認めているのだ。
今回明らかになった行橋市の仲津小学校体育館内における飛散では、すでに述べたように空気1リットルあたり0.26本ないし0.088本の石綿を検出した。石綿の種類は明らかにされていないが、吹き付け材から茶石綿と白石綿が検出されている以上、その両方あるいはいずれか(飛散しやすい茶石綿の可能性が高い)であろう。
市は静穏時測定であることを認めており、児童らが実際に利用している状況とは異なる。たとえばボールが天井の吹き付け材にぶつかるなどして破片が落下すれば、非常に飛散しやすい茶石綿が含まれていることもあり、かなりの飛散があるはずだ。
じつは9月の市議会で、静穏時測定をめぐる議論があった。「子どもたちが走り回るだとか、天井に向かってボールを蹴り上げてぶつける」などの環境で測定結果が変わるのではないかと質問が出た。これに対し市の教育部長はまず「今回の調査につきましては国、厚生労働省のアスベスト分析マニュアルに基づいた調査となっておりまして、体育館を密閉した静穏状態で実施をしております」と説明。同省の分析マニュアルは建材などの試料の分析方法を解説したもので、空気中の石綿濃度測定についてはまったく記載がない。明らかに環境省の「アスベストモニタリングマニュアル」の間違いだ。分析結果報告書に記載されている程度の内容だが、適切な方法であるとの根拠にかかわる部分でさえ間違えてしまうところに、市教委の石綿に対する知識のなさを感じる。
そのうえで静穏時測定と児童が活動している状況の違いについて、教育部長は「現実的に調査を実施するにあたっては児童が居る状態で実施することはできませんので実際のところは分かりません。今回調査した専門機関にもこの点について確認はいたしましたが、大きな差は出ないとは思われるが断定的なことは言えないということでした」と回答。
関連して、調査前日の8月8日夕方に宮崎県沖・日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が起きたことに言及。行橋市でも震度2を観測したとして、教育部長は「前日の地震の影響があったしても目安となる数値を大幅に下回る結果となりましたので、たとえ児童が体館内で活動している状況で調査を実施したとしましても、その振動により飛散することはあまり考えにくいため、影響はあまりないのではないか」と答弁した。
測定データなど裏付けは示さず、専門の調査機関に聞いたとされる話だけを根拠に「大きな差は出ない」との説明は、市に都合の良い印象操作といわれても仕方あるまい。
なぜなら、実際には飛散が裏付けられているからだ。たとえば、国土交通省が2008年に発行した「目で見るアスベスト建材(第2版)」は吹き付け石綿のある部屋における飛散状況について、「調査結果では、自然落下(経年劣化)は大気より20f/L高く、人による接触、再飛散した場合の石綿濃度はさらに高い結果となっている」と説明。アメリカの大学における調査データを引用し、静穏状態での自然落下により空気1リットルあたり平均20本、吹き付け石綿が施工された天井への接触により、平均で同1万5200本の飛散だったと報告している。同省資料では石綿だけの測定結果なのか、石綿以外も含む可能性のある総繊維数濃度なのか記載はないが、いずれにせよそれなりの石綿飛散だったことは間違いないだろう。
また国内における測定でも、前出・講習テキストに掲載されているが、青石綿の吹き付け材が壁に使用された文具店で、静穏時に同1.02~4.2本、清掃時に同136.5本だったという。
宮崎県沖・日向灘地震の影響は不明だが、一般に粉じん濃度は指数関数的に増減するとされ、石綿についても同様と考えられている。東京都文京区さしがや保育園における飛散事故後に実施された床掃除作業の再現実験をみると、2時間ほどで濃度は半分程度になり、10時間ほどで約10分の1まで減少。沈降するまで計14時間かかったという。
地震は測定前日の午後4時42分からせいぜい1~2分間。測定が翌日の午前10時からだったとすれば、測定は15時間以上も後であり、石綿飛散は完全に沈降した後ということになる。仮に地震で飛散があり、その影響により翌日の測定結果(同0.26本、0.088本)が出たのであれば、飛散時の濃度は少なく見積もっても10倍以上のはずだ。
じつは筆者は市議会質疑よりも前の9月3日に市教委に対して、WHO報告書の“ねつ造”記載を引用した安全宣言について、当該記載が実際には報告書に存在しないことや、実際の石綿リスクは大きく異なることを資料も示しつつ指摘し、「市の安全宣言には問題がある」として見解を求めた。
同13日、市は「本件については適正に対応している」との認識を示し、以後の取材を拒否するようになった。
取材拒否は好きにすればよいが、保護者や市議会に実際の石綿リスクを無視した虚偽の説明を続けていることは許されない。まともに説明もできない以上、低濃度の石綿ばく露問題に詳しい第三者の専門家に協力を求めて、きちんと飛散実験などのうえで科学的な検証のうえで丁寧な説明をすべきではないか。
また結果として20年近くも吹き付け石綿を放置してきたことからも、現在準備中という除去工事において、石綿の外部飛散や除去後の残存などがあってはならない。とくに週1回の測定程度で十分とはいえまい。なにしろ除去工事における石綿の外部漏えい事故は環境省が事前に同意を得て、あらかじめ通告して実施している調査でも2023年度に50%、過去14年間の累計で37.9%に上るのだ。飛散事故を防止し、除去残しを見逃さない徹底した施工監理や測定、完了検査を経験豊富な第三者機関に委託するなど、万全の対策が必要ではないか。
さらにいえば、今後の学校施設における石綿管理もこれまでと同じように“素人”調査・管理でよいわけがない。しかし現状はとにかく吹き付け石綿を除去して目の前からなくしてしまえばよいといわんばかりの見切り発車の対応しか見えてこない。
最近ばく露原因がわからない中皮腫の発症事例が増えているといわれる。行橋市だけの問題ではないが、あえてまともな調査をしないことで建物の管理責任を追及させない方針なのではないかとすら思えてくる。そうして同じ問題が延々と繰り返され、その間に児童らは少しずつ石綿にばく露していく。そんな非人道的な行政対応が繰り返されてよいはずはない。