軍事クーデターから3年半が過ぎたミャンマー。全権を掌握する国軍とそれに反対する抵抗勢力との間で戦闘が続く。当初優勢だった国軍は反転攻勢を受け、各地で劣勢に立たされている。東部カレンニー(カヤー)州では、州の7割を抵抗勢力側が実効支配。「解放区」では独自の暫定統治が進み、警察も発足した。今年2月、内戦下で自治が進むカレンニー州解放区に入った。(赤津陽治)
◆新生警察の朝
「ピッ、ピッ」と、ホイッスルが、朝の冷えた空気を震わせる。その音に合わせるように、十数名の若者たちがアスファルトの道路を駆け抜けていく。メーセの町に開設されたばかりの警察署の新人警官たちだ。 額に流れる汗をぬぐいながら、掛け声を響かせる。
「カレンニーの志士!人民の警察!」
それぞれ自前の服で、膝に穴が開いたジーパン姿の青年もいる。新人警官はいずれも二十歳前後で、うち半分は女性だ。 署に戻ると、黒い制服に着替えて、整列した。
「カレンニー州旗に敬礼」。
署長のフラペーマウンソー(32歳)が号令をかけると、全員が直立不動で敬礼し、五つの誓いを唱和した。
「我々は、国の諸民族に忠誠を誓う。我々は、国の殉難者に忠誠を誓う。我々は、軍事独裁体制が終焉するまで闘う。我々は、民族の平等、自決権、連邦制民主主義の実現のため、闘う。我々は、あらゆる独裁に反対していくことを誓う」
抵抗勢力が実効支配するカレンニー州に新たに設置された警察署は、従来のミャンマー国家警察の管理下にはない。カレンニー州警察(KSP)という独自の警察組織として運営されている。
◆支配地域を統治するカレンニー州暫定行政評議会(IEC)
2021年2月1日の軍事クーデター後、ミャンマー市民は、クーデター前の状況に戻すことを求めて、各地で抗議デモを行なった。国軍は次第に弾圧を強め、多くの若者が国境地帯の少数民族武装勢力支配地域に向かった。そこで、少数民族武装勢力から軍事訓練を受け、武装闘争に身を投じた。軍事独裁体制の打倒と真の連邦制民主国家の樹立を掲げた闘いは、全土に広がった。
2021年5月21日にカレンニー州のディモーソー郡区ドーンガカー地区で最初の戦闘が起きて以来、州内では早くから新旧の武装勢力が結集。国軍の拠点を攻略し、支配地域を拡大してきた。
そうした地域の統治のため、カレンニーの民族武装組織や政党、議員、地域団体、青年・女性の代表者などで構成されるカレンニー州諮問評議会(KSCC)の指導の下、独自の州政府ともいえる「カレンニー州暫定行政評議会(IEC)」が2023年6月に発足した。内務・教育・保健・人道支援・法務・財務・運輸などの8部門があり、内務部門の下に「カレンニー州警察(KSP)」が置かれている。
◆「軍政でなく、市民のための警察官でありたい」
KSPのボボ報道官(32歳)は、クーデター後、勤務していたバゴー管区イェザジョー郡区の警察署を離れ、市民的不服従運動(CDM)に参加した警官だ。
CDMとは、軍のクーデターに反対する公務員が、軍事政権の下で勤務することを拒否する抵抗運動である。
2021年3月4日朝、所轄地域の市場近くで、国軍総司令官ミンアウンフラインへの抗議から、肖像写真が路上に何枚もばら撒かれ、貼り付けられていた。
最高権力者の顔が踏まれないよう、警官たちが現場に行って、写真を剥がし、回収しなければならなかった。
その様子を多くの市民が周りで見守っていた。
「それを見たとき、私は自分に自信を持てなくなりました。軍政側の人間だという目で、私たちを不満そうに見ているのを感じたのです。警察は人びとのために働くはずなのに、今は人びとから恐れられ、不満を持たれている。その日、私の決心は固まったのです」
警察署に戻って、制服を脱ぐと、わずかな荷物だけを持って、署を離れた。
新生警察のKSPを牽引するのは、こうした元警察官たちだ。新メーセ警察署の署長も、元々ミャンマー国家警察の警官だった。KSPは、軍事政権の下で働くことを拒否した元警官たちと新たに養成された若い警官たちで構成され、運営されている。
◆革命のためにすべてを捧げる
新しい警察署は、別の施設を改修したもので、床や壁、天井には黒い煤がこびり付いていた。
炊事場の屋根はなく、黒焦げた柱と壁だけだ。戦争捕虜や犯罪者を収容する留置場もまだ建設途中だった。
署員たちは隣接する宿舎で共同生活を送る。町の水道は機能しておらず、毎日、近くの川に水を汲みに行かなければならない。
それでも士気は高かった。
同年代の若者の多くが、前線で兵士としてもっと厳しい境遇にあるからだ。
午前8時頃、警察署の広間に鍋が運び込まれ、湯気が立ち込めた。この日の朝食は、豆入りの炒飯。大鍋から掬い、ひとりひとりの皿に分けられた。
警官たちは、人民への忠誠と感謝の言葉を唱和し、立ったまま、朝食をかきこんだ。
白髪交じりの最年長ネーリンアウン(52歳)は、ミャンマー国家警察に28年間勤務し、のちにCDMに参加した警官だ。軍政を打倒し民主化を成し遂げることを「革命」と呼んだ。
「今は給料もありません。持っていたものもすべて失いました。それでも、革命の達成しか考えていません。自分が提供できるものはすべて捧げると決めています」
革命に身を投じた思いを語るその顔つきは、信念に満ちていた。
(つづく・全3回)
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