◆国のマニュアル記載ねつ造か

しかしこれは事実ではない。環境大気中のアスベスト濃度を測定するさいの「技術的指針」である同マニュアルは、たしかに空気1リットルあたり1本の総繊維数濃度を「目安」としている。ところが市の説明とは違って、この目安以下であれば、安全とは書かれていない。

石綿製品の製造などが禁止された現在では、大気中に浮遊する石綿は「解体現場等が主な発生源」である。同マニュアルはその周辺における汚染や漏えい監視のために、この目安を採用しているにすぎない。

同マニュアルの該当箇所は、〈まず、位相差顕微鏡法で総繊維濃度を計測し、やや高い値(目安としては1f/L超とする)が計測されたサンプルについては、分析走査電子顕微鏡法等によりアスベストを同定して計数することとし、場合によっては最初から電子顕微鏡法で位相差顕微鏡法と同等のサイズのアスベストを計数することも推奨することとした〉と技術的な手順を説明しているだけだ。計125ページのマニュアルのどこを探してもこの目安以下であれば安全とは記載されていない。

むしろ目安の空気1リットルあたり1本を「やや高い値」と説明。市の説明と違い、「一般大気中の目安」との記載も存在しない。

そもそも「目安」を設定した同省アスベスト大気濃度調査検討会は2013年の報告書でこう指摘する。

〈現時点において、科学的根拠をもって管理基準を設定することは困難であるが、目安としての管理基準は、敷地境界等における石綿繊維数濃度1本/Lが適当と考える。
当該基準設定の考え方は、環境省の近年のモニタリング結果から、一般大気環境中の総繊維数濃度は概ね1本/L以下であることから石綿繊維数濃度も1本/L以下であるというものである。したがって、石綿繊維数濃度が1本/Lを超過する場合は、明らかに石綿の飛散が想定されることから、1本/Lを管理基準として設定するものである。この基準の妥当性については、引き続き検討していく必要がある。〉(p4~5、筆者注:敷地境界「等」には作業区画の境界も含む)

この目安について「科学的根拠をもって管理基準を設定することは困難」と明記。石綿濃度が空気1リットルあたり1本を超えた場合には「明らかに石綿の飛散が想定される」と、単に解体現場の周辺などで石綿の漏えいを監視するための便宜上の目安との位置づけなのである。

そのため、環境省は大気中の石綿について測定結果を毎年公表しているが、その説明には〈環境省の近年のモニタリング結果から、一般大気環境中の総繊維数濃度が概ね1本/L以下であることから、飛散・漏えい確認の観点からの目安を石綿繊維数濃度1本/Lとしています〉と記載しているにすぎず、安全性については一切触れていない。

その理由は、尼崎市の主張に反し、空気1リットルあたり1本以下なら安全といえる科学的なデータがないからだ。

1988年のアメリカ環境保護庁(EPA)によるリスク評価では、空気1リットルあたり0.1本の石綿を吸い続けた場合、10万人に2.3人が中皮腫や肺がんで死亡すると推計。2000年に世界保健機関(WHO)ヨーロッパ地域事務所が示した喫煙者と非喫煙者を分類した推計もほぼ同様の結果で、同0.1本のばく露で喫煙者の場合4人、非喫煙者でも2.2人に中皮腫などの死亡者が発生するというものだ。

こうした疫学調査に基づくリスク評価を参考にした日本産業衛生学会の2001年勧告では16歳から仕事で50年間(1日8時間、週40時間、年間48週)吸い続けると、白石綿だけの場合、空気1リットルあたり1.5本で10万人に1人が中皮腫や肺がんで死亡すると推計した。青石綿など角閃石系石綿を含む場合、0.3本になる。

環境省や厚生労働省の有識者会合でも報告・検討されており、労働ばく露の基準は産業衛生学会の勧告を受けて白石綿150本/リットルに改正されている(角閃石系石綿の基準は設けず)。

このように尼崎市の主張する、環境省のマニュアルに空気1リットルあたり1本以下との「一般大気中の目安」は存在せず、それ以下なら安全との記載はない。それ以下なら安全との科学的な証拠もない。

にもかかわらず、市は勝手に「一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全」と安全宣言したのである。国のマニュアルの記載を市がねつ造したといってよいのではないか。

11月28日、市教育委員会施設課の課長に、環境省のモニタリングマニュアルで示されているのは漏えい監視などの技術的な目安で健康リスクはいっさい評価していないことを指摘したところ、「どこまで書いているかというのはそうですね」「飛散の目安として書いてあるのは認識しております」と認めた。

では〈「アスベストモニタリングマニュアル」(環境省)における一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全です〉との市の主張の根拠を尋ねたところ、「一般大気中の濃度並みということでは変わりない」と繰り返す。

同マニュアルには一般大気並みの濃度であれば安全との記載はないことを改めて聞くと、すでに「飛散の目安として書いてある。そういうことを書かせていただいた」と実際の記載とは異なる説明をした。

市は「ねつ造はしていない」と強弁。

しかし尼崎市の発表は、マニュアルに記載のないことを認識しつつ、勝手に「安全」と付け足したものだ。市の説明からもマニュアルの記載をねつ造した、あるいはそう誤認するように裏付けのない「問題なく安全」との文言を根拠もなく加えて印象操作したのは間違いない。

実際にこれに騙された報道も出ている。11月27日、読売新聞オンラインは〈空気中の濃度は4校とも国の基準値以下で安全だという〉と報じた。

石綿飛散が仮に1リットルあたり最大0.17本だったとしても、これは誰も居ない環境におけるもっとも低い測定結果でしかない。児童・生徒らが教室を使っている環境とは大きく異なり、そうした状況で測定した場合、さらに高くなる可能性がある。

また吹き付け材が「剥落している様子もなく健全」との説明にしても、市の担当者による主張であり、経験を積んだ有資格者による調査ではない。市が分析について第三者性の問題から外部機関にも委託しているが、同じことがこうした調査にもいえよう。なにしろ国のマニュアル記載を“ねつ造”する市なのだ。市側に都合のよい主張をしているだけといわれても仕方あるまい。第三者の経験豊富な専門家にきちんと再調査してもらうべきではないか。

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