これは故金正日氏の指示で始まり、金正恩氏が受け継いだ「平壌10万戸住宅建設事業」の一環で建てられたアパートだった。その名の通り、10万戸の住宅を平壌に建設し、「強盛国家」をアピールするのが目的だった。当時の建設ラッシュの様を北朝鮮の官製メディアは、「見違える平壌」「一晩で街並みが変わる平壌」などとしきりに宣伝した。
アジアプレスの平壌に住む取材協力者ク・グァンホは2011年8月、大同江(デドンガン)区域の建設現場の様子を秘密裏に撮影していた。20階を超える高層アパートの作業現場では、積み上げられたブロックにはいかにも雑にセメントが塗られ、表面はガタガタだった。
倒壊事故の原因は、無理な施工期限に追われたことによる手抜きや、幹部らが建設資材のセメントや鉄筋を横流ししたことによると見られている。
◆倒壊で「跡形もなく瓦礫の山に」
1990年代後半にも、平壌の統一通りで新築8階建てのアパートが完全崩壊し、約60人が圧死する事故があったとされる。冬季に作業が行われ、コンクリートが十分に硬化する前に凍結してしまったにもかかわらず、建設工事を続けたことが原因だったという。
当時、事故のあった現場を見た脱北者の男性は、「(アパートは)跡形もなく瓦礫の山になっていた。春先に気温が上がって凍結したコンクリートの水分が溶け出しもろくなって倒壊したのだ」とアジアプレスの取材に証言している。
鴨緑江下流の建設現場では、11月中旬から氷点下を下回る気温が続く。今本教授は、適切な温度管理をせずにコンクリート作業を続けていた場合、倒壊の可能性もあると指摘した。北朝鮮独特の突貫工事によって、これまで平壌だけでなく各地で人命事故が発生していたことは容易に想像できる。まさに人災である。
◆見栄え重視の北朝鮮高層アパート
被災者用アパートの建設は8月初旬から始まり、完工期限はいくどか延長された。朝鮮中央通信によると、金正恩氏は、12月末に予定されている労働党全員会議までに「最上の水準で完工」するよう命じた。12月に入って中国から撮影された写真では、アパートの外観は見違えるように整えられている。
しかし、北朝鮮の高層アパートは見栄えだけは良いが、非常に不便が多い。多くのアパートにエレベーターは設置されないし、あったとしても電力不足で動かないケースがほとんどだ。水道も同様に電力不足が原因で供給時間が限られている上、低水圧のため上階では使用できないのが普通だ。そんな不便な、そして安全も担保されないアパートを、果たして当の住民たちは歓迎するだろうか?
◆「安全かどうかなんて我が国では気にしない」
両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)に住む取材協力者に尋ねると、こう答えた。
「水は5階以上にはほとんど上がらないだろう。ただ、(中国側からの視線を意識して)国の体面を守るために、電気は『住民線』ではなく『工業線』を入れると思うので、電力事情は一般住宅よりはいいはずだ」
※「工業線」とは工場、企業所の生産のための電気供給専用線であり、「住民線」とは一般家庭用の線である。工業線が優先されるため、電気を使える時間が長い。
この協力者の周辺のアパートでも、不良施工のため、部屋の壁のセメントが落ちて修理が必要になることがよくあるという。建設中の被災者用のアパートでも同様のことが起き得ることを想定した上でこう話す。
「金正恩の方針で建てられるアパートには、エレベーターが設置され、ある程度の設備も整っているはずなので、先を争って入ろうとするだろう。きちんと(安全を担保して)工事したかどうかなんて、我が国の水準では気になんてしない」
長期間にわたって避難生活を強いられている住民にとっては、何よりもまず安心して生活できる家が必要なのは言うまでもない。しかし、その安心はいつまで担保されているのだろうか。外部へのアピールが優先されている限り、決して長くないのではないかと危惧される。
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。
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