5年生の教室を訪れた。

「ここで授業を受けられるようになってうれしい。友達と会って話したり、遊んだりできるから」

そう話すのは、日本のアニメが大好きというダニーロくんだ。彼の家族は、東部ドネツクから避難してきた。いま何が欲しいですか、と聞くと、こう答えた。

「ミサイルのない平和な空がほしい。静かで穏やかな空。ただそれだけ」

5年生の児童。「学校に通えるようになって毎日が楽しい」と笑顔を浮かべた。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆ミサイルにおびえない環境で授業継続

ロシア軍の攻撃で、子どもの犠牲が絶えない。ウクライナでは、防空地下シェルターがない学校や、攻撃が激しい地域の学校は、ネットを使ったオンライン授業となっている。ハルキウで地下鉄駅を改修した学校ができたのは、昨年9月。市全体からすればまだ一部だが、現在、5つの地下鉄駅に教室が設置され、あわせて約2000人の児童・生徒がここで授業を受ける。

「家の庭にロケット砲弾が爆発し、ずっと恐怖で震えていた」
「爆撃で地面が揺れたときのことを、いまも思い出す」
「親戚が爆発で亡くなった」

子どもたち、ひとりひとりが、過酷な体験をしていた。

ウクライナ標準の学校年齢1~11年生までが通う。写真は低学年児童の教室。地下学校はまだ一部で、多くはオンライン授業を受けている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆教室では戦争のことを話さない

地下学校の運営を担当するハルキウ教育局部長のユリア・バシキロワさん(53)は、ミサイルに怯えることのない環境のなかで子どもを学ばせたい、との市民の思いに応えるために、教室設置プロジェクトが始まったと説明する。

「教師は、教室内では戦争のことをできるだけ話さないようにしています。ここだけは戦争から遠ざかる場にしたいとの思いです」

ハルキウ教育局ユリア・バシキロワさん。「協調と思いやり、紛争を政治的に解決することの大切さを日本の人びとに伝えたい」と語った。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ロシア国境から約30キロのハルキウは、ミサイル攻撃や爆撃にさらされてきた。市内には破壊された建物があちこちにある。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

ウクライナの別の都市では、兵士を激励する手紙を子どもたちに書かせる学校もあるなか、ハルキウのこの地下学校は、戦争に対してセンシティブな姿勢をとっていた。ロシア国境に近いハルキウへの攻撃が、ひときわ激しいのもその背景にある。

この戦争のなかで感じたことを、日本の市民にどう伝えたいですか、と私はバシキロワさんに尋ねた。

「他者への寛容さ、協調と思いやり、互いに助け合う心、紛争を政治的に解決することの大切さ、それを伝えたい。平和を取り戻すにはどうすればいいのか、ともに考えてほしい」

そう言って、彼女は涙をにじませた。

地下鉄通路を改修した幼稚園の入り口。長い教室が伸びる。新鮮な空気を取り入れる専用ダクトも設置された。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
おゆうぎの時間。先生は子どもにやさしく接するよう心がける。奥の窓の向こうは地下鉄が走る。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆幼稚園も開設、心に傷負う子どもたち

ハルキウ市内中心部に建つ州行政庁舎はロシア軍の侵攻直後にミサイルが直撃し、現在も使用不能のままだ。その庁舎前の地下鉄駅構内に、今年1月、幼稚園も開設された。

「春は何月から始まりますか? 春が来るとどうなりますか?」

園児に質問する先生に、元気な声が返ってくる。

「3月です!きれいな花が咲きます!」

教室は子どもたちの笑顔でいっぱいだ。そして、先生たちも笑みを絶やさない。

ハルキウ教育局のナタリア・ビロフリチェンコさんは、「2年にわたる戦争で心が傷ついた子どもが少なくない」と話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
長引く戦争のなかで、「心の傷」を抱える子どもも少なくない。地下鉄駅構内の幼稚園では、園児たちの心を癒すための対話の時間も設けられている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

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