◆石綿調べず「石綿飛散なし」発表

事故から2日後に飛散事故を知らされた市側には気の毒な面もあるが、その後の対応ぶりには問題がある。

市は6日の再測定で環境省「アスベストモニタリングマニュアル」の目安である空気1リットルあたり1本超を下回ったことを「アスベストの飛散は確認されませんでした」と発表。「一時閉庁も再測定で安全性を確認」などと報じられた。

ところが実際には石綿の有無は検査されていなかった。発注元の市建築工事課に確認したところ、6日の測定は石綿以外も含む可能性のある総繊維数濃度を調べただけで、石綿濃度を特定する走査電子顕微鏡による検査はしていないことを認めた。

市環境対策課による待合ホールの測定では定量下限より低い同0.11本未満だったが、事業者の測定では同0.22本で、若干とはいえ検出されている。石綿が含まれる可能性があるのだ。しかし市は石綿濃度を調べないまま「安全性が確認された」と宣言。翌7日から利用再開した。

つまり市はもっとも発がん性の高い青石綿であっても同0.22本ならば市民が吸い続けても問題ないと判断したことになる。

市建築工事課に石綿濃度を調べなかった理由を尋ねると、同課課長は「同マニュアルの目安の総繊維数濃度で同1本を上回っていないので」と答えた。しかし同マニュアルはあくまで環境省による大気調査の一般的な手順を解説したにすぎず、今回のように石綿が飛散した可能性が高い事故における安全宣言に向けた手順を示したものではない。そもそもこの「目安」を設定した同省アスベスト大気濃度調査検討会の2013年報告書は〈科学的根拠をもって管理基準を設定することは困難〉と健康リスクに基づいて定めていないことを認めているのだ。

さらにいえばマニュアルでは、総繊維数濃度が同1本を超えた場合に電子顕微鏡法で石綿の同定をするよう指示した箇所に、総繊維数濃度を調べずに〈直接、電子顕微鏡法で分析しても良い〉とわざわざ下線を引いて強調して注記し、必要に応じた対応を求めている。よって市の対応はマニュアルの記載にすら必ずしも従っていないともいえよう。

市の利用停止の解除は手順が間違っていたのではないか。市建築工事課に改めて尋ねると同課課長は「6日段階ではそういう対応した」「当時はそう判断した」と繰り返した。

石綿の同定をせず「アスベストの飛散は確認されませんでした」というのは明らかに事実と異なり、事実を誤認させる説明ではないか聞くと、「そのとおりかもしれません。すいません」(同)と半ば認めた。

石綿を調べてから解除すべきだったのではないかとの指摘に対しては「ご意見として承ります」(同)というのみ。改めて石綿の同定をすべきではないかというと、「検討します」(同)と若干前向きの回答だった。

石綿は発がん性のきわめて高い自然に存在する鉱物繊維で、吸うことで中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)や肺がんを発症するおそれがある。とくに中皮腫はほとんど石綿が原因とされ、根治療法が見つかっていないうえ、発症から約2年で亡くなることが多いなど予後が非常に悪い。

中皮腫による死亡者数は統計を取り始めた1995年の500人から30年で3倍増。2023年は1595人。累計で3万3000人に達する。世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)の合同調査では、石綿が原因の職業ばく露による肺がんなどで、2016年に1万6702人が日本で死亡していると推計。アメリカに次いで世界第2位の石綿“消費”大国のうえ、規制の緩さなどにより、深刻な被害が顕在化しつつある状況だ。

石綿の危険性については、この濃度までのばく露なら安全という「しきい値」が明らかになっておらず、少量でも健康被害につながる可能性があるとされる。そして、現在では建物などの改修・解体工事が石綿のおもな発生源だ。つまり、今回のような不適正施工などで少しずつ石綿を吸っていくことで少しずつ将来に中皮腫などを発症するリスクが上昇する。まして日本は規制が緩く、全国さまざまな場所で石綿が飛散する事故が起きているのだ。最近では原因がはっきりしない比較的若い世代の被害が増えつつあると専門家は指摘する。

今回のような事故によるばく露を極力減らすことが今後の被害防止においてきわめて重要だ(もちろん現場の労働者らのばく露もできる限り減らす必要がある)。そうした観点からは、石綿の有無を調べずに盲目的にマニュアルの断片的な記載を根拠に安全宣言した市の対応は、少量の石綿ばく露なら構わないとの安全軽視の判断といわざるを得ない。

もっとも発がん性の高い青石綿による飛散により市民をばく露させた可能性を考慮し、市は一連の対応や事故原因、石綿ばく露によるリスクについて第三者の専門家を入れて検証すべきではないか。市建築工事課は「ご意見として承る」というだけだが、安全軽視の対応で本当によいのか。

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