◆「もうこの戦争を終わらせて…」

この病棟で亡くなった妊婦、カーチャ・グーゴワさん(39歳)は、妊娠8か月だった。体調を崩し、診察を受け、夫のセルゲイさんとともに病院に泊まることになった。深夜、最初のミサイルが自宅近くに落ちたと、妻の母から電話があり、セルゲイさんは様子を見るため急いで家に戻った。その直後、カーチャさんがいた産婦人科病棟をミサイルが襲った。

「妻は、まもなく生まれてくる赤ちゃんを心待ちにしていました。それがこんなことに」

セルゲイさんは、妻を助けられなかったことを悔やんだ。

2月13日深夜、最初にこの集合住宅にイスカンデルMミサイルが着弾。フロアごと上から崩落している。負傷者が運ばれたタイミングで病院が攻撃された。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
妊娠中のカーチャさんの夫、セルゲイさんは、最初の爆発が自宅近くだったため、病院からひとりで家に戻った。カーチャさんが残る病院に別のミサイルが襲った。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

私は、カーチャさんの自宅を訪ねた。部屋には、たくさんのぬいぐるみが並んでいた。

母のオルガさんは、力なく言った。

「人が、子どもが毎日殺されている。私は感情すら失ってしまった。もうこの戦争を終わらせてほしい…」

日々、断ち切られる住民の命。地震のような自然災害でなはなく、戦争という人為的に引き起こされた殺戮によって奪われた命である。本来、止められるはずの犠牲、それを国際社会も誰も止められないでいる。

カーチャさんの部屋で肖像画を手にする母、オルガさん。「もう戦争なんかやめて…」と涙を浮かべた。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
「ミサイル攻撃の日々、鳴り響く防くサイレン、子どものことを考えると、もう耐えられない」と西部の町に避難することを決めた住民。トラックに荷物を積み込んでいた(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)

◆「命を救うことが敵に対する勝利」

警察医療隊のシュシュラ隊員とセリドヴォの町を歩いた。ロシア軍が迫るなか、脱出する住民も出始めていた。

「ひとりでも多くの命を救うこと。そのひとつひとつが敵に対する勝利と思っている」

彼女は最後までとどまって、住民に寄り添いたいと話した。

取材から8か月後、ロシア軍はセリドヴォを完全に制圧。現在はポクロウシク(ポクロフスク)まで迫りつつある。医療隊員は別の町に移り、任務を続けている。

「ひとりでも多くの命を救うこと。そのひとつひとつが敵に対する勝利と思っている」と話すシュシュラ隊員。(2024年2月・セリドヴォ・撮影:玉本英子)
東部戦線ではロシア軍が進撃の速度を増しつつある。セリドヴォは2024年10月末に制圧。東部の町では、人びとの心情も複雑だ。脱出した人がいる一方、ロシア軍がくるのを待つ住民も。(地図:アジアプレス)

<ウクライナ東部>「住民を必ず救う」ミサイル攻撃下で救助続けるポクロウシク警察医療隊(1) 写真13枚

 

 

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