
北朝鮮でもネットバンキングの利用が増えているという。2021年10月に「電子決済法」が採択され、2023年後半から電子マネーよる物品購入が拡大していたが、昨年からは個人のオンライン送金が拡大していることが分かった。北部地域に住む取材パートナーが実態を伝えてきた。(石丸次郎/カン・ジウォン)
◆金正恩政権が電子マネーを積極推進
ネットバンキングとはいっても、北朝鮮では特殊機関と超特権層を除き、インターネットへの接続は完全に遮断されている。利用されているのは国内に限定されたイントラネットである。それでも通貨のオンライン流通は早いテンポで拡大している。
「電子決済法」第1条では、法の使命を「現金流通量を減らし、非現金流通量を増やし、貨幣流通を円滑にすることに貢献する」と記されている。世界的な趨勢である電子マネーの使用拡大を図るとともに、個人と企業や組織の金の流れを把握するのが目的だと考えられる。
金正恩政権は2023年末、公務員や企業の従業員の労賃(給与)の支給を、現金からカードへの入金に転換し始めた。これはデビットカードのような電子決済専用カードで、国営の商店や食糧専売店「糧穀販売所」、市場で決済が可能だ。そして昨年からは、機関や個人間で送金が可能なネットバンキングの普及が進んでいるという。
◆送金手数料は0.7%
情報を伝えてきた両江道(リャンガンド)に住む取材協力者は、利用方法の概要を次のように説明する。
「今やほとんどの世帯で銀行口座や決済カードを持っています。銀行に行かずに、『情報奉仕所』やパソコンで個人が送金できるのでとても便利。多くの人が利用しています。ただ、送金には当局の承認が必要です。手数料は1回当たり金額の0.7%で、最大3000万ウォンまで送金可能です」
※情報奉仕所:携帯電話やパソコンなどの機器やソフトの販売、修理、設定を業務とする一種の「デジタルショップ」。
※2025年3月中旬時点で3000万ウォンは約20万円

◆当局の目嫌い忌避する人も
取材協力者によれば、政府は一応「匿名性が保障される」と説明しているという。だが、それを鵜呑みにする人はいない。捜査機関が頻繁に銀行に情報開示を求めるためだ。韓国や日本に脱北した家族から受け取る非合法の送金をはじめ、金の出所や、誰にいくら送金したのかを、把握されたくない人も多いからだ。ネットバンキングを絶対に使おうとしない人も少なくないという。
「保衛局(秘密警察)や安全局(警察)が誰かを検挙すると、銀行は資料を全部引き渡してしまうんです。違法な仕事をしている人は他人の名義を使ったり、商売人に頼んだりしてネットバンキングを使っています」
「電子決済法」の採択からわずか3年半で、電子マネーの普及は予想以上の速さで進んでいる。電気事情の悪さもあって、今のところはまだ現金の方が優勢だが、電子決済が主になると、カネの流通の詳細は政権の掌中に収まることになってしまう。住民に対する統制管理がさらに進む可能性がある。
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。