◆トウモロコシに替わり麦栽培を奨励

秋の農村の様子。屋根の上に収穫されたトウモロコシと豆の束が見え、道路沿いにもトウモロコシを広げて干している。2024年10月、咸鏡北道会寧市を中国側から撮影(アジアプレス)

もうひとつの重要な変化は、小麦、麦の耕作面積が増えているという点だ。2023年頃から関連報告があったが、2024年から本格化した。

B氏は、昨年夏の報告で次のように伝えてきていた。

「トウモロコシ栽培がうまくいかなかった農地を選別して小麦を植えるようにし、小麦を専門に扱う分組を別に作った。二毛作をせよという指示が下り、トウモロコシの収穫量が低かった土地に小麦と麦を植えるようにした。各分組で農地の3分の1程度を、二毛作作物に切り替えたそうだ」

※分組:農場における生産の末端単位。通常、10人程度の農場員から構成される。分組の集まりを作業班といい、ひとつの農場は、数個~数十個の作業班からなる。

続けてB氏は今年3月には、「小麦の面積は、昨年に比べて2~3ヘクタールほど更に増えた」と報告した。

このような変化に対する法的根拠は、2021年に改定された農場法に当たることができる。 同法第5条は、次の通りだ。

「…農作物の配置では、トウモロコシ栽培は最大限制限し、稲作と小麦、麦栽培に方向転換するようにする」

トウモロコシに比べて、麦は二毛作が可能で、労力と肥料なども少なくすむ。麦を中心に栽培し、生産量を増やそうとする当局の意図が、現地でも実行中であったわけだ。

B氏によると、麦栽培に対する地元の農場員たちの反応も肯定的だという。

「ビニール、肥料、殺草剤など営農資材がトウモロコシの3分の1程度しかかからず、地力の低い土地に植えてもトウモロコシ以上の収穫を出すことができるので、農場でも喜んでいる」

◆「主体農法」は放棄か?

ここでひとつ疑問が浮かぶ。

農場の自律権を拡大し、独自の裁量で種子を選択したり、トウモロコシから小麦や麦に耕作を転換したりすることは、金日成が提示した「主体農法」の方針に反するのではないだろうか?

アジアプレスはB氏に「最近の農場の変化は、金日成時代から固守してきた『主体農法』の放棄と見ていいのか」という質問を投げかけた。

「『主体農法』を否定するというよりは、地球温暖化や気候変動による対策案として宣伝している。『気候風土の変化に伴うウリ式の農事革命』という趣旨で、上から指示が下りてきた」(B氏)

これは、「主体農法」を全面的に否定するのではなく、間接的に消してしまおうする試みとみられる。国内では実際に「主体農法」と先代の指導者の影響力を薄めようとする作業が進行中のようだ。B氏はこう説明する。

「(調査した)農場では2024年4月から、『主体農法』と『遺訓貫徹』という文言を全てなくした。特別な指示があったかどうかは分からないが、過去とは違う新しい農業改革にを継続して強調している」

※遺訓:「死者が残した訓戒」という意味で、前指導者だった金日成と金正日が、全般的な国家運営と社会生活の各分野に残した訓示のこと。北朝鮮の人々に法律以上の拘束力を行使してきた。

※主体農法:食糧の自給自足を目標に、1970年代に金日成が構想して作り出したとされる農業の指導原則と農法に対する指針である。前時代的な農法に固執してきた主原因と指摘されている。

次回も引き続き、農場の経営自律権の拡張に伴う、現地の変化について報告する。(続く 3>>

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

<北朝鮮特集>金正恩氏が挑む農政改編とは何か(1) 農場から「協同」が消えた 農業関連法規を大幅見直し

<北朝鮮特集>金正恩氏が挑む農政改編とは何か(2) 農場の企業化を法に明示 「主体農法」放棄の動き?

<北朝鮮特集>金正恩氏が挑む農政改編とは何か(3) 拡張する農場の経営権 「今や農場が地主になった」という農民も

 

★新着記事