
北朝鮮社会に通信の秘密などという概念はない。電話が公安機関に盗聴されているというのは、住民にとっては常識だった。その様相に変化が現れたのは2008年12月に移動通信サービスが始まってからだ。さらに2010年頃からスマートフォンが普及し始めると、新たな多機能端末の統制に、金正恩政権は手を焼くようになる。
北朝鮮のスマホでも画像や映像を撮影して共有できる。ショートメッセージ(「通報文」と呼ばれる)では隠語も使える。貧しい人に現金やコメを渡して登録をさせて作った「飛ばし携帯」も横行した。名義を貸した人は、自分の名で登録された電話を誰が使っているのかわからない。
「飛ばし携帯」によって、北朝鮮で「通信の自由」が生まれることになった。仮に、「飛ばし携帯」の使用者同士で金正恩氏の批判や悪口を話したとしても、当局が把握することが困難な事態が生まれていた。
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密かに流入した韓国のドラマや映画、K-POPが、スマホを通じて若者世代に拡散することになった。また、「通報文」では、韓国風の言葉遣いを真似するのが流行した。
※韓国の統一研究院によると、北朝鮮では2021年時点で推定600万台の携帯電話が使用されているという。人口当たりの普及度は30%程度だろう。
◆強力な統制に乗り出した金正恩政権
業を煮やした北朝鮮当局は、強引な取り締まりに乗り出した。2019年頃のことだ。だが、その方法は意外に原始的だった。取り締まりチームが街中を巡回し、住民たちが所持する携帯端末の記録内容を片端からチェックするのである。
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「携帯電話に残る『通報文』と写真、動画を検閲します。電話機で家族写真を撮ることもあるじゃないですか。そんなものまで全て調べ、怪しい点が少しでも見つかれば電話機を取り上げて、専門部署で過去に消去したものまで復元します」
北部地域に住む取材協力者はこのように説明する。

◆大学生カップルが取り締まりに反撃したところ…
3月末、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市でちょっとした騒動があったと、現地に住む協力者が伝えてきた。以下はその概要である。
市内の少年会館の前で、安全局「糾察隊」(警察傘下の風紀取り締まり組織)が、大学生の男女の携帯電話を検閲しようとしたところ諍いに発展した。
「端末の中を見せろ」「嫌だ」と、押し問答になった。男子大学生は、「捜索令状があるのか? 私が何を悪いことをしたのか」と、怒りに任せて携帯電話を壊してしまった。
「糾察隊」が目を付けたのは、少年会館近くの公園で、この大学生のカップルがイヤホンを付けてスマホの画面を見ているところに遭遇したからだった。
取り調べに応じずスマホを壊してしまったことで、「糾察隊」は、端末の中に違法映像があるのを隠蔽しようとしたと判断し、カップルを連行、拘留してしまう。
調査過程で確認したところ、隠そうとしたのは「恋愛中の映像」だったそうだ。
どうも、スマホの中に自撮りした「いちゃつき動画」が保存されていたようである。
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