◆団結心の強さを感じた

南部ではヘルソンが陥落し、ロシア軍はミコライウにも迫る。オデーサへの進撃も現実の脅威となるなか、市街戦を覚悟した人も少なくなかった。市民は建物に黄と青のウクライナ国旗をペイントしていた。以前、ビルや集合住宅など建物の壁面に大きな壁画や繊細な肖像画をペイントする仕事を請け負う壁画職人だったイホール氏は、路上グラフィティで人びとを勇気づけようと考えた。

グループ名のLBWSは、仲間のデニス・ベリー氏と学生時代にオンラインゲーム「カウンター・ストライク」をしていた際のアカウント名からつけた。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
塗料などの活動資金は、寄付でまかなう。サポーターには、ステッカーを配布するなどしている。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)

「オデーサの住民は猫好きで知られている。その猫をキャラクターにし、ここは自分たちの町なんだ、と壁に刻んで、侵攻に立ち向かおうと思った。“芸術戦線”を担うにしては、愛らしく、ゆるすぎる猫だけどね」

ときに、やさしい顔で命の大切さを訴え、またときには、「ウクライナに栄光あれ」と勇ましく叫ぶ。グラフィティは、次第に市民のあいだで評判を呼ぶようになった。

うちの壁にも描いて、と建物の所有者が依頼してくることもあれば、放置された廃屋の壁がキャンバスにもなる。

「ペイント中に年配女性が歩み寄ってきて、『こんなデザインにすればもっと良くなるわ』とあれこれアドバイスを受けたこともある。これがオデーサの人たちの気質なんだ」

イホール氏は笑う。

ミサイルを捕獲する猫。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
「ミコライウ - オデーサの盾」携行式対戦車ミサイルNLAWを担ぐ猫。ミコライウでロシア軍のミサイル攻撃で戦死したグリャエフ第28独立機械化旅団司令官を追悼(2024年3月・オデーサ・撮影 玉本英子)

ペイントは、所有者の許可を得た建物や商店から依頼を受けたもののほか、変圧器ボックスの壁面のような法的にグレーな場所も一部にある。

警察から咎められたことはないが、むしろ路上でペイントしている時に、親ロシア派の男たちに襲撃されたことは脅威だったという。オデーサはロシア語を話す市民が多くを占め、以前から親ロシア感情が根強い町だった。侵攻前は、親欧米派とのあいだで衝突が繰り返された背景がある。

「猫グラフィティを通して、戦時下でも前向きに生きようとする、すべての人を応援したい」と話すイホール氏。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)
南東部ザポリージャの街頭の壁。ウクライナ軍ザルジニー元総司令官の有名なポーズ姿。(2024年3月・ザポリージャ・撮影:玉本英子/右下・ザルジニー元総司令官の写真はウクライナ国防省SNSより)

「グラフィティを通して、戦時下でも前向きに生きようとする、すべての人を応援したい」

その思いを胸に、仲間と路上に立った。これまでに描いた猫グラフィティは、200以上。拠点とするオデーサだけでなく、ミコライウ、ハルキウ、ヘルソン東部の奪還地域、さらに、ロシア軍と対峙する前線に近い町にも“遠征”した。

住民からは、「元気が出た」「癒された」とメッセージが寄せられた。また、猫キャラをステッカーや塗り絵ブックにして、病院に入院している子どもたちに届け、喜ばれた。

「ウクライナは自由となる」。クリヴィー・リフ中心部の地下道の階段で。(2024年3月・クリヴィー・リフ・撮影:玉本英子)
「自分たちのグラフィティのスタイルは、あくまでも路上と住民を結ぶもの、抵抗への”証し”」という。(2024年3月・オデーサ・撮影:玉本英子)

★新着記事