◆市民の抵抗の「証し」
グラフィティ・アーティストとして知られるバンクシーについて話を向けると、イホール氏は、すこし困惑した顔になった。
「高額な価値がつくようになった彼の作品は、“商業”の領域にシフトしてしまったようだ。それは作者の手から離れ、周囲の人間たちの収益の対象になった。自分たちのグラフィティのスタイルは、あくまでも路上と市民を結ぶもの、侵攻への抵抗の“証し”なんだ」


ペイントを手掛けるにあたって、仲間たちと心がけていることがある。
「罵りの言葉は使わない」を決めているのだ。
「子どもの命まで奪うプーチンを憎む市民は多い。けれど『プーチンのクソ野郎』のようなセリフを猫には言わせない。下劣な言葉を使えば、敵と同じレベルに堕ち、自分たちの猫の品位を貶めてしまう。ネガティブな感情を増幅させても空虚なだけだ。むしろ郷土への愛、命の尊厳、抵抗に立つ人びとへの敬意を絵に込めたい」


◆市民の団結心の強さを感じた
ロシア軍の攻撃で知人が命を落とし、イホール氏も苦悩した。長引く戦争で憔悴していく人びとや、疲弊する社会に目を向けたとき、このままのスタイルでいいのか自問することもあった、と話す。
「毎日のミサイル攻撃とあいつぐ犠牲で、大きな喪失感が人びとの心に広がっていった。自分も心が折れそうになった。それでも描き続けるのは、市民の団結心の強さを感じたから。ウクライナ人は決してくじけないという思いを、これからも刻んでいきたい」
かつてオデーサはウクライナ有数の観光地で、国外からのツーリストでにぎわっていた。いつか戦争が終結したウクライナで、市民の抵抗の“証し”となった、「オデーサ猫」を多くの人に見てほしい。


<ウクライナ・アートの現場 1>「戦争の中でも希望つなぐ世界はある」イリーナ・スシェルニツカ(画家)