
<ウクライナ・アートの現場 1>「戦争の中でも希望つなぐ世界はある」イリーナ・スシェルニツカ(画家)
◆自閉症少年が絵に寄せる思い
幼い時から絵を描き続けてきた少年、マクシムくん。自閉スペクトラム症の彼は、ロシア軍に占領された町から母と脱出。避難先でも絵筆を手に、キャンバスに向かう。連続企画「ウクライナ・アートの現場」第3回。(取材・写真:玉本英子・アジアプレス)

◆「予言」が現実に
マクシム・プロフチェンコくんと出会ったのは、2023年5月。彼が11歳の時だ。集合住宅の小さな部屋を訪れると、ベッドを囲むように数枚の絵が並んでいた。カラフルな色合いを放ちつつ、幻想的なタッチの油彩だ。
「これは光、これは兵士…」
マクシムくんは、絵を指さしながら、ウクライナ語、ロシア語、英語を交えて、やわらかな口調で説明してくれる。

自閉スペクトラム症のマクシムくんは、幼い頃から絵を描いてきた。最初はクレヨンで、のちに油彩を覚えた。絵のほとんどは、宇宙や天体に思いを馳せたものだ。
「キャンバスを前にすると、目を輝かせて絵に夢中になるんです」と、母のオクサナさんは話す。
侵攻前の2021年夏のことだ。ミリタリーグッズのお店の前を通りかかったとき、彼は言った。
「もうすぐ大きな戦争が起きる。ロケット砲か手榴弾が欲しい」
突然の言葉に、母は戸惑った。それ以来、マクシムくんは、しばしば悪夢にうなされた。
半年後、ロシア軍がウクライナに侵攻し、町に爆発音が響き渡った。「予言」が現実のものとなり、母は驚くばかりだった。

◆占領された町から脱出
一家が暮らしていたのは、南東部のアゾフ海に面した港湾都市ベルジャンシク。ロシア軍の占領からしばらくのあいだ、母子は町にとどまっていた。ある日、食料を買いに出かけたとき、路上でロシア兵を目にしたマクシムくんが声を発した。
「あんたたち、いつ死ぬんだい」
運よくロシア兵には聞こえなかった。思ったことを何でも言葉にしてしまうという。
母は、占領支配と一切が停止した社会生活への不安から、息子を連れて脱出を決意し、ザポリージャ市を目指した。

途中に通過するいくつもの検問所でマクシムくんがパニックでロシア兵を刺激するようなことを言わないよう、バスの車内で睡眠薬を飲ませて眠らせた。
ザポリージャ市に逃れ、避難生活を始めたが、ミサイルの恐怖や断続的な停電で心が休まることはなかった。ときおりキーウの仮滞在住居も行き来しながら、彼は絵筆をとり続けた。侵攻後は、兵士の姿が絵に登場するようになった。キャンバスに向かうのは、集中できる夜だ。

避難先で描いたのは、光が照らす海岸に座るウクライナ兵と茶色い豹。
「これは豹。兵士がドイツのレオパルト(豹)戦車とともにあるという意味なんだ」
絵の片隅には、ゼレンスキー大統領のサインがあった。大統領と会ったときに、「我々はすべてを打ち負かす」とのメッセージを書き添えてもらった。「ともにあれば勝利できる力になる」との意味が込められている。
その後、マクシムくんはウクライナ軍のザルジニー総司令官(当時)と会い、勝利を願う絵を手渡した。さらにローマ法王のもとにも絵が届けられた。


◆「町を建て直したい」
絵は巡回展示され、宇宙を題材にした画集、「PLANET(惑星) A」も出版。その惑星Aには戦争がなく、大気を汚染する物質も、お金をめぐる争いごともない。
母のオクサナさんは、「絵を通して自閉症を知るきかっけになってほしい。少し多感で繊細かもしれないけれど、彼らも普通の人びとであり、私たちと同じ感情を持つ、生きた人間ということを社会に示したい」と、思いを地元メディアに語った。


この戦争の行く末はどうなるのだろうか。私は聞いてみた。
「戦争のあと、人びとは以前のような生活に戻り、休日を心から祝うだろう。僕は町を建て直したい」
彼はそう言って、1枚の絵を指さした。占領された故郷ベルジャンシクの海岸。浜辺には黒いロシア兵が並び、波が打ち寄せるアゾフ海の先には神が勝利の光を照らす姿が描かれていた。


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