◆衛生兵の救急車両も標的に
旅団は、攻防が続くチャシウ・ヤルに展開している。激しい戦闘があると、何人もの負傷者が出る。ある夜、砲弾で足を吹き飛ばされたり、体中に鉄片が深く刺さり血まみれになった兵士が、次々と搬送されてきた。呻き声をあげる重傷者に、冷静に向き合わなくてはならなかった。
「自分の感情と動作のコントロールが難しい。でも私が混乱してしまうと、彼らの命が失われてしまう」
処置中は、負傷兵に語りかけるようにしている。兵士を安心させると同時に、自分を落ち着かせるためでもある。銃弾や砲弾が飛び交うなか、重傷者を搬送するのは危険な任務だ。その場にいるときよりも、安全な場所に戻ったときのほうが、恐怖が一気に押し寄せてくるという。時に錯乱し、狂気に陥りそうなことさえある。


前線では、救急車両も攻撃にさらされる。
「この穴は先週、被弾したときのものです」
と、ヴィターリーさんが軍用救急車の側面の弾痕を指した。カリーナさんの夫で、医療班の兵士として運転を担う。
「衛生兵になった妻の選択を尊重します。たとえ望まなくとも、いま目の前には戦争の現実があります。故郷を守るには、誰かが戦わないといけない。それは私たち以外にはないですから」

◆「日常の些細なことに感謝するようになった」
彼女が生まれたのは、アルメニアのナゴルノ・カラバフ。両親はそこで紛争を経験し、ソ連崩壊後、ウクライナに移り住み、世紀をまたいでこの戦争を経験している。軍に志願した当初は反対されたが、いまは理解してくれているという。「心配させてしまうから」と、20代の2人の息子たちには、軍での仕事について話さないようにしている。

カリーナさんは、兵士になってから、心に大きな変化が起きたと話す。
「過酷な現場や負傷兵の姿を見てきたからなのかはわかりませんが、日々の些細な出来事のひとつひとつが、大切に思えるようになったんです。朝、目覚める、コーヒーを飲む、そんな普通のことに感謝するようになりました。戦争前にはなかった不思議な感覚です」
戦場での殺伐とした日常で、少しでも心が安らぐようにと、仮救護所で仔犬を飼い始めた。
【ロシア軍のドローンの音】上空に飛来したロシア軍のドローン。音だけが聞こえ、機体は見えない。ここでは、たいてい夕方や夜になると飛んでくるという。(2024年4月・コスタンチニウカ・撮影:アジアプレス)